2016年10月10日月曜日

泣いた事実を振り返りつつ自分を分析したい


ワーニング! かなりの長文です。校正はほぼしておりません。そのため修正が加わる可能性はあります。
多分に公にしない方が良いものを含む性質上、文そのものが消える可能性もあります。
以上のことを了承した上、かつ特段の配慮をした上で、物好きな人は読み進めてください。


皆さんはどのような時に泣きますか?

他の人は大して気にしていないことを気にして泣きますか?
映画を見て感動して泣きますか?
誰かを苦しめた罪悪感で泣きますか?
怒りの感情が噴出して泣きますか?

私は大学生になってから特にたくさん泣くようになりました。
自分の泣いた経験は数えきれませんが、記憶に残った経験を例示して、自分の性格を読み解いていきたいと思います。(過去を思い出して泣きながら)


まず、私は他の人に責任を追及されると泣きます。
理不尽な責任追及ではありません。もちろん現実にあった事実を追及されるのです。私が悪いことをしたという自覚はあります。私はそれを誰よりも意識していたと思います。それなのにしでかしてしまいます。そんな自分を、他人からの責任追及でより強く認識し、泣くのです。
高校の先生にテストの欠席について追及されて、トイレで泣きました。
サークルで自分が担当の仕事をしなかったことを先輩に追及されて、本人の前で泣きました。
父に責任追及されて泣いたこともありましたが、これは後述します。

あまりないですが、優しくされて泣いたこともあります。
バイトをクビになりました。原因は無断欠勤です。クズです。でも1人優しい方がいました。その方は仕方ないね、また頑張って、もし良かったら一緒に働こうと言ってくれました。泣きました。
根底にあるのは先述同様の感情です。自分のダメ具合を認識しているのです。ちゃんとしなきゃダメだって思うのです。常識が分かっていて、変なベクトルで真面目な分、行動を起こす前に思い詰めます。

これまでちゃんとできた経験の方が圧倒的に少なく、比べると成功体験はごくわずかです。失敗した経験があるのに、同じことを繰り返したりしました。失敗した事実を認識し、それを表に出すことが怖くて、引きこもったこともありました。数人に「それは逃げだ」と言われます。そうでしょうとも。実際私は「逃げてる」と捉えられても仕方がありません。しかし、その「逃げ」が更なる悪い結果を生むと知ってなお、私は自分をコントロールすることができずに、泣いているのです。


大学に入ってから1人でたくさん泣いた理由は、大抵は自分がクズなのに治っていないからです。しかし、例外に、父関係の出来事などがあります。
父は不器用で、母が不在の中愛情を与えてるつもりだったのかもしれませんか、当時の私はそれを全く感じませんでした。
父は言うことが二転三転します。父は私に家事をしろ家事をしろと攻め立てます。父は私が家事をしないことを主な理由に1周り以上下の、私と同年代の外国人と結婚します。そんな状況で、今までのほほんと暮らしてきた私が泣かないはずがありません。この時の感情はまさに行き場のない感情です。怒りとも呆れとも悲しみとも哀れみともとれるような、複雑な感情を1人で爆発させたり、父や再婚相手に爆発されたりしました。

落ち着いた今では、ちょっと気が立ちすぎていたかなと思わないでもありませんが、仕方ないと思います。私はこの件については、自分が悪いというより、父が悪いと考えています。私にとって、当時の家庭環境は最悪そのものだったので、この件は私の半年を犠牲にしたと思います。今は一人暮らしとなり、父の呪縛から解放されたため、ストレスがかなり軽減され、平和な毎日を送っていると思います。私は一人暮らしに移行することで、正直かなり生きやすくなると思っていました。しかし、現実はそうではありませんでした。家庭環境の問題が一旦の解決を見せても、結局自分自身の問題が解決する訳ではなく、失敗体験を積み重ねて、また泣くことを止められないのです。

今週は二回泣いたので、それについても言及します。
一回目は公務員試験の話を聞いた時です。私は公務員の中の一つの職業に就きたいと2年後半から思うようになりました。しかし、それ以外は考えていません。それは公務員試験を受ける身分としては不適切です。公務員試験を受ける気があるなら、様々な職種を受けるものです。しかし、私にはそこで働いているイメージが一切湧きません。働く気がないのです。やりたくもないことを仕事にするなんて普通です。生きるためには。それに働いてみたら楽しいことだってあるだろうから、取り敢えず勉強をするべきなのに、心の中で何かが引っかかります。
今までただ偏差値に沿って大学を決めてきた私にとって、次のステップの就職は、あまりに重くのりかかります。
公務員試験を一つだけ受けて、就活して保険をとるという考えも浮かびました。でも、私には無理だという気持ちがふつふつと湧いてきます。無断欠勤などでバイトをクビになった経験、サークルで報連相を怠った結果招いた経験、そういった泣くまでに至る苦い経験の数々が、私を成長させることなく、トラウマとして残り、私の深層心理に深く根付いているのかもしれません。

二回目は今です。
自分の勉強のしてなさ具合を認識しました。しかし、時間がありません。スマホを捨てて規則正しい生活をしたら、もっと勉強時間が増えるかもしれません。でも現実問題、できていません。新学期初週という一番余裕がある時期に、講義授業以外の勉強は殆どできませんでした。焦りと苛立ちを感じます。これでもかなり意識としては頑張っているのです。しかし、私はこれ以上を当然求めます。私は何故もっと振り切れないのでしょう。そういう風に考えています。
私が学期最初に必ず達成すると決めたのは、2年生終了時の法学専攻として恥ずかしくないレベルの知識を身につけると、数学と経済への苦手意識を少しでも軽減することです。具体的に言えば、法学の基礎部分を固めることと、数的処理とマクロミクロ経済学を一定水準以上体得するということです。これを考えると、私は半年をこれに全振りするべきです。しかし、それより上の通学による規則正しい生活習慣の維持という目標を達成するためには、当然授業に出なければなりません。また、私は予備校にも行かなければなりません。
授業で疑問に思ったことを解決したり、予習復習をしたりすることをある程度疎かにするのは仕方ないと思います。実際、今週は全然できていない印象があります(実際全くしていなかったとかではないです)。それは自分で許せます。私が許せないのは、上記の目標達成への進捗度が著しく低いことです。恥ずかしいです。その意識に加えて、法学や経済を専門としていない人に圧倒的に知識負けしているという事実も認識し、私のメンタルはボロボロに崩れ去りました。本当に弱いです。これから1人で夢を追い勉強し続けなければいけない立場とは思えません。精神力も勉強量も足りていないことは、私を深く悩ませます。ただ生活に慣れて勉強量を自分のペースで徐々に増やせば済む話なのに、自分を信じることができないがために、将来への不安が私を蝕みます。考えを巡らせ巡らせ、果てには泣いてしまうのです。



以下は自己分析です。
私は考えすぎです。1人だと誰しも余計なことを考えがちですが、私の場合は特にそうです。こうやって悩むことが時間の無駄だってわかっているのに、いつも悲観してばかり。私のことを、色々常識はずれな変な子と思うような人じゃないのに、どうして自分のことをそう思ってしまうのでしょう。

私は能力に対する理想が高すぎます。比較することが自分のためにならないことぐらい分かっているのに、比較することでしか自分の価値を見つけられません。過去との自分よりも今の自分が良くなっていれば喜ぶという構図を望むのに、比較する自分を止められません。何故私は、他人を比較対象にして理想を実質以上にしてしまうのでしょうか。自分は自分で、周りとは違うという現実に即した思考ができないのでしょうか。一週間を振り返ると、大きな問題のない日々だったと思います。小さな問題有れども、毎日授業をきちんと聞きましたし、約束も何とか守れました。それなのに、これでは全然足りないと感じるのです。


どうやったら自分を変えられるでしょうか。
どうやったら自分を認められるでしょうか。
私にはわかりません。
些細なことで苦しくなります。
心の中では自分以外の助けを求めているのに、自分から踏み出すことなんてできません。
自分に絶望して、自分以外の誰かがこの苦しみから解放してくれることを心の中で望んでいるのに、無駄に高いプライドがそれを許しません。
誰かを助ける仕事に就きたいという意識がありますが、誰かを助けることで自分がいつか助けられるのではないかと勘違いをしているかもしれません。


私はadhdの疑いが強いという診断を受けています。「adhdには周りの支援によって自己肯定感を与えることが求められる」という内容がとある本に記されていました。
周りからの支援があったって、周りから肯定されているという自覚があったからって、私自身が自己を肯定できなければ、どうしたって無理です。
私は一生懸命やっているのに、世間がそれを認めてくれないと感じてしまうのは、自分が自分を認められないからです。
「adhdから鬱に発展する場合がある」とよく聞きます。よく鬱だ鬱だと言いますが、実際そんなことはないと思っていました。しかし、私は鬱なのかもしれません。成功体験に乏しく、失敗体験に恵まれ、これまでのような挑戦を恐れているとも捉えられる現状を鑑みると。


結論:私は何にもなれない心が弱い世の中のゴミ以下のクズ人間です。


普段の私はこんなこと考えないので、今まで書いたことは読んだ方々にとってはまさに嘘話です。
深夜のメンヘラツイートみたいで笑います。
そこまで思いつめてたら何か別の行動に起こしています。
これは別に悲痛な叫びとかではないので、助けになりたいと思う必要はありません。私は思いません。
人は人それぞれ色々な考えを持っているんだなってのが真の結論です。勘違いしないでねಠ_ಠ


p.s. 規則正しい生活習慣を身につけることを一番の目標にしてたのに、考えが巡ったせいで徹夜です。つらい。

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