2016年12月1日木曜日

折角だから、ADHDの話をしよう。2、私がADHDを知ってから今まで③

2、私がADHDを知ってから今まで


⑴ADHDについて調べ始めたきっかけ
⑵専門機関について
⑶専門機関からみた私
⑷ADHDを知ってからの私 (ココ)

⑷ADHDを知ってからの私


【自己理解が深まった】

不注意については自覚があったのですが、多動についてはあまり自覚がありませんでし
た。しかし、前回の記事にも書いたCAT、ADHITを受けてから、自分に我慢が苦手で、どうしても動いたりしてしまうという「多動」がみられることを自覚しました。
他に多動の自覚として、
・トイレの列をただただ待ったりなど、何もしない暇な時間がすごく苦手
・寝るために目をつぶって動かないようにすることが普通だが、ずっと身体を動かさないように我慢することがすごく苦痛で、どうしても何回も動いたりしてしまう
などがあります。
ADHDの治療を通して、自分の新しい一面を知ることができた気がします。
大体が問題点で、自分の良いところではないのですが、悪いところが見つからずに放置するよりも、知っていたほうがきっと後々楽。


【「まあ、仕方ないよね」と思えるようになった】

ADHDについて色々知るにつれ、あれもこれも自分に当てはまるなーと思うようになりました。
考えてもどうしようもないことや、ついやらかしてしまった失敗に対し、「まあ、ADHDなのもあるから、そういう失敗は仕方ないよね。どんまい。」と自分の中で思えるようになりました。それでも、思い悩むことはまだ多いですが。
ついネガティブ思考に陥り、行動に支障が出るようになってしまうことは多いので、ADHDを知ることで、ほんの少しでもポジティブになれるのなら、「前進している」と言えるかなあと思います。
まあ、巻き込まれる方としては、正直たまったもんじゃないって感じかもしれませんが。
周りがいい人なのと、自分がまだ学生だからという理由で、なんとか許されている(気がする)。
今を変えたい、何とかしたいという思いを忘れずに生きていきたい人生。


【怠惰な自分を変えるために】

ADHDを知ってから何をしただろうと考えてみたら、あまり何もしてこなかった気がしてきました。とてもつらい。
自己承認を強めるためにも、私が夏休みにやっていたタスク表を貼りたいと思います。(画像粗くて申し訳ない)


習慣化ができていないことが多いので、やたらタスクが多くなってしまっています。

このタスク表は、「習慣化」を目指し、習慣化したものは出来るだけ減らしていこうという考えで作ったものです。(一応左から右に優先順位順です。「普段の生活をしっかりすること」に重きを置いているので、勉強の優先順位は低め。)

使い方は、◎を2点、○を1点、△を0.5点、✖️を−1点として、主にその日の夜とその日の朝に記入し、得点を測定すること。
10点未満はもはや人間じゃない生活をしていて、
20点未満はだらしない生活をしていて、
30点は普通に人間らしい生活をしていて、
40点以上は理想的な生活をしているとして、
毎日最低でも30点は超えようと心がけていました。

夏休み中はこれをやっていたのですが、今は行っていません。
なぜやらなくなったかについては、めっちゃ長文を書いたのですが、フォントなどをいじっている途中で失われました。立ち直ったら追記で書きます。

他にも、マインドマップで自己分析をしようとしたり、目標を立ててみたり。
また、物事を忘れるなら見える位置にタスクを置こうと意識するあまり、机にたくさんのものが置かれているのをみて、悲しい気分になる自分を発見し、出来るだけものを置かないようにしたり。

思い出せることはこれくらい。また思い出したら追記します。
もうちょっと、ADHDの克服のために行動を起こしたいなあ。


【治療後の私】

治療を受けてみてどうか、変わったのかどうかについて。
正直変わった感じはしません。色々タスクを減らしたり、無理しないようにということを意識するようにしているので、失敗は減ったかも。
薬のおかげで集中力が少し上がったかも?と思わないこともありません。プラシーボ効果かもしれませんが。でも、顕著な違いはまだないかなという感じ。

今、諸事情で余裕のある時期だから、大きくはネガティブにならないだけかもしれませんが。ゆーてキャリアとかで悩むことは増えたので、泣くことは本当にたくさんです。

先述のような対抗策を取ろうとしたり、「じぶん実験」についての本を読んだり。
プライドが高く、人に頼むことをそんなに多くしない私でしたが、使えるものは使ってしまえという考えから、勇気を出して友人を頼ろうとしたり。
今を変えたい、何とかしたいという思いを忘れずに生きていきたい人生。


【ADHDは「支援」が重要だが…】

前回、ADHDには周りからの「支援」が重要だと話しました。
その「支援」は受けているのかについて。

母は私のことを溺愛しており、ADHDについての理解もある程度示してくれています。
普段は漫画なんて読まないのに、「ブラックジャックによろしく 大人のADHD編」を読んだりなど、自分の娘について理解しようと努めてくれているなと感じます。

では、母とずっと暮らせばいいのではないか。母の支援で普通に生活できるのなら、そうしたほうがいいんじゃないかと思われる方はいると思います。
このことは。各専門機関からも言われました。
母も「あなたが望むのなら、ずっと日本にいてもいい」(※母は日本在住でない)と言ってくれました。それは大変ありがたいことです。
母がいることで私は家事のタスクをする必要がなくなりますし、また母の監視があることで、怠けることもない。
高校時代まではかろうじて普通に生活してこれたのは、母の存在が大きかったと思います。

しかし、母に頼ることは、最終手段にしたいと思っています。
母にも普段の生活があります。それを壊したくはありません。
もう子どもとは決して言えない年齢になって、母に頼る訳にはいかないだろうという気持ちもあります。

また、私は高校の頃から「母に依存しすぎている、常識を知らない」という意識が少しあり、前期に東北大を受験したのも「一人暮らしがして、常識を知って、自立したい」という思いが一因となっています。
やはりどうしても「自立したい」という思いが強いため、母の支援に頼りっきりにはならず、自分一人でなんとかして生きなきゃいけないと考えています。

ところで、「ブラックジャックによろしく 大人のADHD編」に掲載されている1ケースに、主婦がこの障害に困っていたが、家族の協力を得て克服するものがあります。
一応当方女なので、自立とか考えずに、家庭を持てば良いのではといった古典的な考えを持つ人もいるかもしれません。
はっきり言ってそれは無理です。私は恋愛感情を持ったことが一切なく、また結婚したほうが楽に生きられるといった合理的思考はできません。

家族はダメ、恋人もダメとなれば、友人に頼るしかありません。
今のところは親切な友人たちに助けられています。
これからも頼ると思います。迷惑をかけますが、よろしくお願いします。



今日はここまで。次回は『3、ADHD当事者の私のこれから』です。

今回は「これまで」のことを沢山話してきましたが、次回は未来のことを話します。
今回ちらっと話にありましたが、キャリアについての話などをメインにする予定です。


急ピッチで仕上げたので、誤字脱字などあればコメントやリプライで言ってください。

また次回もよろしくお願いいたします。

古月莉希
(2016年12月1日)

最初→折角だから、ADHDの話をしよう。2、私がADHDを知ってから今まで①

前→折角だから、ADHDの話をしよう。2、私がADHDを知ってから今まで②

1 件のコメント:

  1. 私はADHDではなくASDですが、長らくなかなか自分のASD特性をそれだけではいいわけでも悪いわけでもないニュートラルな特性として受け止められず、なにかと「自分が悪い」と考える癖が抜けませんでした。これは発達障害につきものの二次弊害としてのうつと関わりが深い問題であると同時に、発達障害に関係ない人でも同様に単なる自分の性質、得意不得意を「自分が悪い」と受け止めてしまう人は多く、そういった人たちにとっても改善できたら生きやすくなる問題なのかな、と思っています。
    「苦手」を受け止め、対策を考えるために、まずそれを「自分が悪い」のレベルではなくもう一歩メタな視点で捉える。これってとても難しいことだと感じます。
    薬物療法は、私には馴染みのなかった話なので新鮮でした。いろいろと心配もありますが、薬に頼るという気持ちではなく、薬を利用するという気持ちで上手に付き合っていけたらいいのかな、と思います。

    返信削除