2017年5月30日火曜日

薬を飲まないという意識についての話。


私は今、殆ど毎日、担当医から処方された薬を服用しています。
朝ごはんを食べた後に、コンサータと吐き気止を服用。
寝る前に、メラトニンの吸収をよくするロゼレムを服用。
飲むのを忘れないようにと、目立つところに置いているので、薬を飲むのはもう習慣みたいになっています。

しかし、担当医からは「1日家にいて休む日とかは、コンサータ・吐き気止は飲まないようにしてみてください」と言われています。

正直なところ、先述の通り服薬は習慣化していますし、それ以外にも2つの理由があって、「飲まない」ことは難しいなと思っています。

1つ目は、「飲まない」と生活が不健全化する「ような」気がしているからです。

先述の担当医の助言(?)を受けて、先月はできるだけ「飲まない」ようにしようと心がけていました。
朝遅く起きた時などに「飲まない」という実践もしてみました。
しかし、「飲まない」と大抵ダメな1日を過ごしてしまい、後々そのことが尾を引いてしまう結果になってしまいました(あくまで体感としての話です)。


2つ目は、「1日家にいて休む日」がないからです。

集中力が求められず、服薬を必要としない日の具体例として、担当医は「1日家にいて休む日」と言っていたのですが、私は「1日家にいて休む日」というのを大抵設定していません(結果としてそうなってしまったことはありますが)。

頭の中では、アレしたい、コレしたい、という予定が毎日あります(実際にそうしたかという話は別です)。
今日は何もしない日、ぐうたらしても良い日は基本的に存在していません。
脳内の計画としては、外に出て何かしらをするというのがデフォです。

まとめると、服薬が習慣化していること以外に、薬を飲まなかった場合にダメな日を過ごしてしまうという意識があること、また、脳内ではゆっくりする日がないということ、薬を「飲まない」ことを難しくしています。
今の所「飲まない」という実践はあまりできてません。

逆にこのチャレンジは、「飲まない」ことで生活がダメになってしまうということを自覚することとなり、薬への意識が強まってしまったようにも思います。


しかし、今日某授業を受けて、依存への対抗心を自分の中で養うことは、思ったよりも大事なことなのだな、という気持ちになりました。

薬を飲まなかったことで(感覚として)あんまり良い結果にならなかった、という話は担当医に伝えてあります。
その際、「薬を飲まないことを意識することは大事だから」と言われました。
当時は担当医の発言について、あまり深く考えていなかったのですが、今考えると、あれはやはり依存のリスクなどをかなり考慮した発言だったのだと思います。

薬飲まなきゃダメだとか、薬飲まなきゃ失敗するだとかいう強迫観念を持って服薬することは、「その薬がないと、全てがダメになる」という意識を自分の中で大きなものにしてしまうと思います。
この意識は、ややもすれば濫用にも繋がる危ないものです。
このリスクは絶対に避けなければならないと、今日は実感することができたような気がします。

実践として薬を「飲まない」ことができるかについては、正直何とも言えないのですが、「飲まないようにすることも大事である」という意識は、常に持っていきたいなと思いました。

課題解決を目指して、また何かしらの効果を求めて、1つのことにばかり頼ろうとするのではなく、その手段の利用に慎重な姿勢を持つことで、手段が目的化することを回避できるようになり、それがなくなった時のリスクを考慮した動き方ができるようになるだろうと考えます。

そんな話です。

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