2017年12月20日水曜日

障害者手帳を持っている人になりました。


久しぶりの更新となります。古月です。

このブログでは、自身のADHDについて、何度も取り上げてきました。
しかし、障害者手帳の交付を受けるまでには至っていませんでした。

感慨深いと言いましょうか、ついにと言いましょうか。
今日、障害者手帳(精神障害者保健福祉手帳)の交付を受けました。

これまでのことを備忘録代わりに書いていきます。
なお、又聞きを参考に書いた箇所が多々あるため、情報は確かなものではありません。
誤字脱字、その他不適切な表現などがあれば、コメントでご指摘いただけると幸いです。


ーなぜ手帳の交付を受けたのか


手帳の交付を受けようと思った1番の理由は、障害者雇用という選択肢を増やすためです。

私は順調に行けば、気が変わらなければ、再来年の春に卒業します。
つまり、もう就活を考えないといけない時期です。

障害者雇用では一般に、企業側は「合理的配慮」を提供するものとされています。
企業は、その人の希望や特性を予め知った上で、特性に合った職務を与えることを求められます。

私は「普通にできる」ことを、「簡単にできない」ことが多いです。
一般枠では、その「できない」ことが足をひっぱるかもしれません。
「できない」と言ったとしても、配慮をしてもらえるとは限りません。
むしろ、「甘え」だと言って一蹴されるかもしれません。

企業側が自分の「できない」ことに配慮をしてくれる、そういった制度のもとで働きたいと思うのは、おかしなことではないと思います。


ー「障害者手帳」とは


障害者手帳は、必要のある人が交付を受けるものだと認識しています。

精神障害者保健福祉手帳の場合、その申請にあたり、一定期間の医療機関での診療と、医師の診断書が必要です。
私はこの要件をずいぶん前から満たしていましたが、必要がなかったので、今の今まで申請していませんでした。
就活というきっかけがなければ、私は手帳の交付を受けようとしなかったでしょう。

「障害者手帳」の有無が示すこと。
それは、「障害があるかないか」ではなく、「障害者手帳の交付を受けようとする理由があるかないか」であると思います。
実際に、手帳の交付を受けられるにもかかわらず、その交付申請をしていない人は一定数いるのではないでしょうか。

障害者手帳は、返還することが可能です。
必要なくなれば、返還してしまっても構わないのです。


ー実際に交付を受けてみて


私自身、「交付を受けたからといって、手帳を持ったからといって、何が変わるということはないだろう」と思っていました。
しかし、実際に交付を受けてみると、意外とそうでもないのかなと思います。
ホッとした気持ち、興奮する気持ちが混ざり合ったような感じです。

私はずっと「自分は本当に障害者なのか?」「自分を障害者と言っても良いのか?」という疑問を持ってきました。
(このことについては、別の記事で詳しく書きます)
しかし、交付を受けて、そのモヤモヤとした気持ちが少し晴れたような気がします。

私は一人の「障害者」として生きていくことを認められた。

実際に口にするかどうかは別として、これから「障害」という言葉を使って何かを理由付けたり、正当化したりしても良い。

「普通」という枠組みの中に自分を位置付けていちいち悩む必要はなく、これからは「障害」という枠組みに自分を位置づけることができる。

そう思うと、だいぶ気が楽になったかもしれません。

手帳の交付は、私に「障害者」という認識を新たにさせるものであるように感じられます。


ー今後について


お恥ずかしながら、ノープランです。
障害者雇用という話をしましたが、実際に障害者枠での就活を行うかはまだはっきりとはしていません。

病院の先生は、「一般枠でもいける気がする」と言います。

母は、「一般枠も挑戦してみたら良いんじゃない」と言います。

カウンセラーの先生は、「障害者枠で働いた方が合ってると思う」と言います。

障害者雇用を推進する立場にある企業の方は、「あなたの特性に合った働き方がきっとあると思う」と言います。

そろそろ卒業後のことを決めないといけませんね。
ずいぶんと先延ばしにしてしまっているような気がします。

既に、いわゆる「就活」を始めている人がたくさんいるようですね。
焦りがないと言えば嘘になりますが、このタイミングで就活をする気はほとんどありません。
講義があるうちは講義に集中することにします。
2束のわらじを履くやり方は、私に合っていないと思うので。

この選択が結果的に良い方向へ動くと信じて、毎日頑張ります。

最終更新:2017/12/20 23:25



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