2018年4月26日木曜日

「何をやってもきっとダメなんだろう」そう思えてきてしまう話。


走り書きです。推敲していないので誤字が多分にあると思います。
約2時間クオリティです。


今日キャリアアドバイザーの方と初めて連絡を取った。
「就活する上で生活リズムを整えるのにどれくらい時間がかかりますか」と言われた。
仕事を始める前段階である就活段階から、「整った生活リズム」が必要なことに気がついた。
いや、わかっていたはずなんだ。友人にも「まず生活リズムを整えること」と言われた。

しかし、今の私の生活リズムはひどい。
誰かに迷惑をかけることがないのを良いことに、大変自堕落な生活だと思う。
私はもっと変わっていかなければならない。
自分で自分に変わることを期待して、自分一人で生きていく必要があるんだ。

●自分に甘くなった
私は自分に甘くなったかもしれない。それは「闇」になり、短期間でいろいろな人に迷惑をかけたから。
本当のところ、未だに約束を破ってしまうことはある。でもそれは、いわゆる「闇」によるものではない。
過密スケジュールのせいで約束を破ったとか、休んでも迷惑がかからないもの(自分しか被害を受けないもの)とか。
これまでは「闇」になって、約束を破ることが多かった。
そういう方向性の約束破りはほとんどなくなったように思う。
だから、これで良いと思ってた。
良いわけない。このままで良いわけないんだ。

「闇」にならないことは確かに目標だった。
今までの失敗のほとんどが、「闇」になったことがきっかけだったから。
でも「闇」にならないだけで、私が仕事をまっとうにできるかといえば、きっとそうではない。
私はそれ以上を自分一人の力で目指さなければならないんだ。

●朝起きられない自分
約束は期待だ。期待されて私は生きている。
ダイレクトに期待されないと私は生きていけない。
生活リズムを整えられていない理由の一つはここにある。
朝起きられない理由は、期待する人がいないからだ。
環境のせいにしてしまう自分が嫌だ。
しかし、これまでの自分を振り返ってみると、そうとしか言えない。
私はこれまでずっと、自分の全てを自分一人で背追い込めなかった。

中高と私はなんとか生活できていた。
それは「母」の存在や、クラスメイトなどの人の目、期待があったからだ。
今はない。

大学時代は実質一人で生きてきた。生活する上で支えはなかった。
だから闇にもなった。環境を変える必要があると思った。
基本的に単発アルバイトなど「必ず起きなきゃいけない」日の前日には9割方誰かに泊まってもらうようにした。
同じ部屋で寝ていたから、あまりにも夜更かしすることはなかったし、朝だって起きられた。
友人の支えがあって、なんとかやってきた。
今はない。

今、付け焼き刃で誰かに起こしてもらっても意味はないんだ。
継続的に「誰かに見られている環境」を整えることなんてできない。
結局は自分が自分に期待して、それで強迫観念をもたせて、生活していくしかない。

自分の行動の責任はすべて自分で取る必要がある。
私は大人だ。けじめを持って自分をバージョンアップさせていくことが求められるのは当たり前だ。
そんな当たり前のことすらできていない。
「生活リズムを整えられること」。私はずっとこの課題を解決することができていない。
これが一番大事だって理解していて、全くできていない自分がいるじゃないか。
いつまでたってもこんな子供でいることは嫌なのに、甘えてばかりで全く変われていない自分がいるじゃないか。

●これからとるべき選択肢
私は「今」しか見れていない。これまでは「今」だけを見ていればよかった。
短期的に「誰かに迷惑をかけない」ことを目標に生きてきた。
でもこれからは「今より先」に視野を広げなければいけない。

計画性を持って何かを成功させたことがあったっけ。
1週間なら続けられる。でもそれ以上で成功させた試しがない。

衝動的に何かに取り組むのをやめられるか。
今だってこうやって中身のない記事を自己満で書いていることができない証左だ。

長期的に見て「誰かに迷惑をかけない」ことも考えなければならない。
ここしばらくの私の動きは、長期的に見て「誰かに迷惑をかける」可能性の高いものだ。
私はどうしてこの選択肢を取ってしまうのだろう。

●これから生きていく上で選ぶべき選択肢がわからない
「生活リズムを整える」ことが何よりも必要なんだ。

じゃあこれから「整った生活リズムを送るために」私はどうすればいい?
どういう方向性の努力をすればいい?

環境を変化させるという方向性。この方向性でまず考えるのは家族の支えだ。
家族以上に私に期待してくれるものなんてない。
しかし、私は家族の支えを簡単に頼めない。
その支えが継続的にあるとも思えない。
じゃあ家族以外の選択肢があるかといえば、そんなものない。
そんな支えを同年代の友人に期待すること自体、私にとって好ましい選択肢ではない。

自分を変化させる方向性。環境が変えられないなら、自分自身を変えるしかない。
でも現に、こうやって文章を書くことでなんとかしようとしている。
自分一人の力では何も変わらないと全てを諦めてしまっている。
こんな自分は嫌だけど、今までの自分が「生活リズムを整えるなんて無理だ無理だ」と言っている。
他ならない自分が自分に期待しなければ動かないのに。

最後に、今ある自分を許容しながら最良の選択肢を探す方向性。
今私はアルバイトをやっている。週に1〜2回。7か月間続いている。
続けられている理由。
頻度が少ないから。少人数での仕事だから。環境が良いから。朝11:00に起きても間に合ってしまうから。
生活リズムが崩れていたとしても、アルバイトを続けられている。
「生活リズムを整えること」があまり求められない、という条件に仕事を探す。

この方向性だと、自分についてのほとんどすべてを妥協することになる。
もうこんな自分を許すという方向性。自分にも他人にも甘えているという究極の甘え。
環境を変える方向性でも、自分を変える方向性でも、何一つ努力をしないという怠惰。
唯一、自分についての理解を充実させて、割り切ってしまうという方向性に努力は必要だが。

すでに話した通り、今まで環境なしに、長期的に「生活リズムを整える」ことができなかった。
しかし、よくよく考えたら、環境があってもなんだかんだ休みがちだった。
障害や生活リズムの乱れのせいかわからないが、「疲れやすい」体質だった。
週に5−6日学校に通うことができていたかといえば、8割しかできていなかったと思う。
もう、自分はそういうものと諦めた方が良いのかもしれない。

でも、自分の悪い面を改善していくことを諦めた人間を受け入れるところを探すのは難しいというほかない。
そんなストーリーがあるはずがない。
そんなストーリーが許されるのは、一部の人間に限られるのではないかと思う。

「やるべき」ことをコツコツこなしてきた人間。
「やるべき」ことを理解していながら、それを目標として努力してこなかった私と正反対の人間だ。
私が性格的には合いそうな公務員という選択肢を諦めたのも、「やるべき」ことをコツコツこなせないからというのが大きい。

「やりたい」ことがある人間。
私はやりたいことがあるわけではなく、就活が遅々として進まないのもやる気がないからとしか言いようがない。
今の自分に伸びしろなんて見出せない。

「やれる」ことが評価される人間。私に出来ることはかなり限られてしまう。
私には「良い面」が少なからずあるとは思う。しかし、それは非常に評価されにくいと感じている。

結局は、自分についてのほとんどすべてを妥協することになるなんて許されない。
自分が変わることに期待して自ら動くしかないんだ。

いろいろ挑戦しようとして失敗ばかりしてきたのはどこの誰だっただろうか。
でも自分に期待した結果自分を滅ぼしかけた経験が、そうするのを邪魔している。

これまで何も生み出すことができなかったという自信の欠如が、そうするのを邪魔している。
キャパシティを広げたいと思うだけで一人では何にも取り組めないのはどこの誰だっただろうか。

「何をやってもきっとダメなんだろう」そう思えてきてしまう。
そんな中で私は、どうしたらいいのかわからない。
何にどう期待したら良いのだろう。

最近ブログを見ていなかった。このブログには結構自分のことがまとまっていると思う。
後で見直したい。見直すことで自分が変わるとは思えないけど。



2018/04/26 15:50更新

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